地域活性化を「哲学」しよう!古町界隈のこれまでとこれからを考える

地方創生が叫ばれる昨今、地域活性化が第2、第3のブームを迎えているようだけど…実際のところどうなんだろうね。朽ち果てるよりは活性化する方がいいに決まっているんだけど。いや、決まってるのか?

2日夜に新潟市内で行われた「哲学対話 in 新潟」に参加してきた。哲学対話とは、問いかけについてみんなが考え、発言し、対話することで、考えを深めようという取り組み。 新潟開催の今回は「Q.『地元』って?」というテーマで行われた。

哲学か…。実は大学でも回避してきた分野。考えるのが苦手だった。いや、今も苦手か。地域活性化については最近アタマの中がぐるぐる回っている。哲学対話を主催した 東京大学大学院の「共生のための国際哲学研究センター」(UTCP)のサイトには、こう書かれている。

『「地域活性化」、「地方創生」と言われるけれど、私たちは自分が住む/住んだまち、地元について、実際どんなふうに考えているのだろう?そもそも「地元」って何だろう?答えをだすよりも、まずはみんなで根本的な問いを立てて共に探究してみる、という「哲学対話」の方法を使って、「地元」について考えてみませんか?』
◇P4Eワークショップ「哲学対話 in 新潟―― Q.『地元』って?」 | Events | University of Tokyo Center for Philosophy
http://utcp.c.u-tokyo.ac.jp/events/2016/03/p4e_workshop_philosophical_dia/

◇ ◇ ◇

地域活性化といえば新潟では(よくも悪くも)この街、と言える古町界隈に暮らして十数年。なかでも自宅から近い古町8・9番町のいわゆる飲み屋街が、もし衰退してスラムのようになってしまったら…そんな危機感とともに暮らしてきた。

でも幸いにして、今のところ古町の飲み屋街がスラム化する事態までは至っていない。駅前ほどのにぎわいはなく、人通りは減っているが、地元の個性ある「いい店」は健在だ。固定客をつかんでいるので、駅前や駅南より安定しているという話も聞く。

駅前ほどのにぎわいがないことで、花街の歴史を重ねた料亭や置き屋などの建物が多く残った。「まちおこし」が叫ばれた時代に、ヘタに起こさなかったおかげで、いま脚光を浴びている街も多い。古町花街もチャンスを迎えているのかもしれない。

◇ ◇ ◇

古町の飲み屋街が健在な一方で、買い物の街としての古町の地位は下がり続けている。WITHやラフォーレ原宿といった大型店は撤退し、古町モールもシャッターを閉めたままの空き店舗が目立つ。

これまでも様々な地域活性化策が打たれてきた。古町どんどんや食の陣といったイベント時には多くのお客さんが集まる。しかし日常の集客に必ずしも結びついていない。西堀・東堀通りは何年か前に両方通行になったが、かえって一時駐車しづらくなってお店に寄れなくなったという声さえ聞く。

万代、郊外へと買い物の中心地が移るのは、世の中の傾向だから止めようがないとも言われる。今後、人口減とネット販売へのシフトで、郊外店も生き残りの時代を迎える中で、古町の空き店舗にどんなお店が入るとうまくいくのか、想像することすら難しくなっていると感じる。

◇ ◇ ◇

哲学対話では、地域活性化もいいけど、変わらないことや心の豊かさも大事という意見が出された。でも変わらないままで維持するのは、実は結構大変。だからこそ「変わらないために変える」という発想も必要ではないか…と。だんだん哲学っぽくなってきた。

僕も地域を経済的尺度だけで語ることには違和感がある。地方創生で人口は○万人を維持します、そのために出生率○人を目指します!なんて聞くと、我々団塊ジュニア世代が子どもを産める時でもできなかったのに…と思う。郊外店へシフトするのと一緒。人口減も世の中の傾向だから止めようがない、とも思う。

では、人口が減りながらも地域がそれなりに活気を維持できるには、どうしたらいいだろう?と考えたときに、思い出したのがこちらのブログだった。

『浮かんできた答えは、「2つの密度を高めること」でした。
2つの密度とは、人口密度と交流密度のことです』
◇地方再生に必要な2つの密度 | 土屋裕行.com
http://hiroyukitsuchiya.com/2016/02/17/%E5%9C%B0%E6%96%B9%E5%86%8D%E7%94%9F%E3%81%AB%E5%BF%85%E8%A6%81%E3%81%AA2%E3%81%A4%E3%81%AE%E5%AF%86%E5%BA%A6/

◇ ◇ ◇

古町周辺にはいまも3万人以上が暮らしているという。それなりに人口密度は維持していると言えそうだ。「交流密度」というのは人々の親密度のこと。隣に住む人がどんな人か分からない…ではなく、世代や立場を超えた交流が広がることで、新しい行動の機会が得られて、街に活気が生まれるという考えだ。

買い物の中心街としての地位は下がっても、古町が人口密度と交流密度という2つの密度を維持し高める機能を持ち続ければ、街に新たな活気が生まれる。それこそ「変わらないために変える」ことになるのでは?と思ったところで、チーン!哲学対話は時間切れとなった。

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