当初は反対続出…「大地の芸術祭をつくった男」の立ち上げ裏話が面白い

ああ、今年は行けなかったんだよなぁ、大地の芸術祭。行くんだったな…。

先日、新発田市の長徳寺で行われた「お寺でStudy=テラスタ」。オトナの寺子屋といった雰囲気もよかったんだけど、元県庁職員で「大地の芸術祭」仕掛人の一人である渡辺斉さんによる、芸術祭立ち上げの裏話がとても興味深く刺激的だった。

大地の芸術祭は、新潟県妻有地区(十日町市周辺)の約762平方キロの山里に、アーティストと地域住民が一緒になってアート作品を制作・展示するもの。3年に一度行われ、今年で6回目となる。今やアートによる地域おこしの代表格で、今年は約2カ月で51万人の来場があったという。

そんな芸術祭も構想立ち上げ当初は反対ばかりだったと、渡辺さんは打ち明ける。過疎で限界の訪れている地域にアートで展望をひらく…今ではすっかり定着したこの考えは、どこから生まれ、どう地域に浸透していったのか。講演で気になった言葉からたどってみる。

・『時代の潮流を読む』『地域の強みと重ね合わせる』

アートで妻有地区を活性化するという構想が生まれたのが、約20年前。その時にはすでに、これからは持続可能で循環型を志向する時代に向かっていく、そしてそのような時代こそ、人と自然の織り成す妻有地区の環境に光が当たると分析していたという。まだバブルの残り香があった20年前にこのような考えがあったとは、先見の明がある。

・『発信力を高めるには普遍性が必要』

進む過疎と高齢化で、妻有地区は限界に近づいていた。そんな地域を活性化するには、交流をさかんにしたい。そのために何を発信するか。人と自然の織り成す普遍的な魅力を発信するには、言葉を越えて伝わるアートの力が必要という結論に至った。「自然が豊かで…」といった、どこにでもある言葉から差別化できたのがよかった。

・『オモテの親分とウラの実力者をつかむ』『じわじわにじみ出るように支持を広げる』

最初は反対ばかりだった。そこからどう理解と支持を広げたか。オモテとウラの実力者の話は分かりやすい。世の中はそんな二層構造でできている。思い当たるところがいろいろある。人口数万人の旧十日町市ではなく、数千人の旧松代町から支持を広げていったのもうまい。この手口、新潟市の「BRT」にも活用できるんじゃない?

・『数字より住む人来る人がどう感じるかが大事』

紆余曲折を経て開催された初回の芸術祭は、16万人が来場した。当時人口8万人弱のエリアに、その倍を超える人が来た。でも数字以上に、地域の住民が地元に誇りと希望を持てたことが大きいと渡辺さん。アーティストや来場客と交流することで「心の過疎」から脱することができた。

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3年に一度、夏に妻有に行くというのが、同じ県内にいながらも羨望と憧れをもって伝わるようになった。地域ブランドとしてこれは大きい。今年は行けなかった…と嘆いていたけど、魚沼産コシヒカリの新米を楽しむ『食とアートの10日間』というのがあるんだって。ご飯大好き、おコメ命な長男を誘って行ってみようかな。

◇とびきりの新米を楽しむための食とアートの10日間、「新米のための越後妻有 2015 秋」開催 – 大地の芸術祭の里
http://www.echigo-tsumari.jp/news/2015/09/news_20150926

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