秋の豊作凶作はこれで決まる?蒲原まつりの御託宣が信仰を集めるワケ

今年の御託宣は『五穀 七分八分の作 難なし』。まあまあ豊作に恵まれる年となりそうだ。

新潟に夏の訪れを告げる蒲原まつりが終わった。柏崎のえんま市、村上大祭と並んで、県内三大高市(たかいち=出店の多い祭り)とされ、今年も多くの人でにぎわった。蒲原神社では秋の豊作凶作を占う「御託宣(おたくせん)」が行われた。

栗の木バイパスと線路に挟まれ普段はひっそりしたこの神社に、なぜこれだけ多くの人が信仰を寄せるのか。それには神社の前を走る栗の木バイパスが以前は川で、川沿いが舟運の拠点だったことが分からないと理解しづらい。

地図にも書き込んだ通り、阿賀野川・信濃川・小阿賀川に囲まれた「亀田郷」から流れ出る川はすべて栗の木川へつながり 、新潟港に注ぐ。栗の木川沿いは亀田郷の舟運の拠点で、かつては収穫したコメを集める米蔵などもあっただろう。

亀田郷は長年「地図にない湖」といわれ、水との闘いに悩まされてきた。水害に抵抗するには神頼みしかない。そんな亀田郷の信仰を一手に受けてきたのが、蒲原神社であり、御託宣なのだ…と同じことを4年前にも書いていた。
・蒲原まつりが賑わう理由 – 新潟シモフルのおんぼろビルに暮らす
http://yaplog.jp/furumachi/archive/1287

実は御託宣の様子を見たのは今回が初めて。多くの参拝客が見守る中、宮司さんが12本の大きな木製のくじが入った筒から1本を引く。亀田郷はすっかり乾田となり、栗の木川が道路になった今でも、御託宣は祭りの中心行事として信仰を集めている。いいことだなぁ、と思う。

ここに書いた蒲原まつりの歴史などは、水と土の芸術祭で聞いたことの受け売りだ。新潟のルーツをたどると、水との闘いに行き当たる。祭りなどの見慣れた風景が、ルーツを知ることでストーリーをもって迫ってくる。3回目となる水と土の芸術祭も、もうすぐだ。

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