スカスカな松林と僕らの生活

国道113号線の聖籠から紫雲寺、中条へと続く海岸沿いのルートは、鬱蒼と茂る松林が続く…はずだったんだけど、なんだかスカスカしている。クルマを停めて近づいてみたら、そこは切り倒された木がビニールに覆われ点在する松林の墓場だった。

藻谷浩介氏らによる『里山資本主義』という本が売れている。東日本大震災以来どこか疑問に感じていた、海外からの輸入エネルギーに頼る生活に疑問を投げ掛け、地産地消型の木質系エネルギーの利用に舵を切ろうという現実的な提案と実践例には、目からウロコだった。

とはいえ、今の都市中心の生活から山里の暮らしへシフトチェンジするのは、そうそう実現できるわけではない。新潟市なら、例えば新津の丘の雑木林や、聖籠・越前浜など砂丘の松林を活用した暮らし方が現実的かな、と思っていた。しかし現実はもっと厳しかった。砂丘の松林は死にかけていたのである。

『里山資本主義』にも載っていたように、戦後化石燃料の利用と外国産材木の輸入が進んだことが、砂丘の松林にも影響していた。かつて村のエネルギー資源として整備されていた松林は放置され、荒れ果て、そこに松くい虫がとどめを刺した。枯れ果てた松林は切り倒され、急速に失われつつあるという。

このままではいけない、砂丘に林と里山の暮らしを取り戻そうと、聖籠の隣、旧紫雲寺町の人々が立ち上がった。10.5ヘクタールの荒れた松林を、下草を刈ったり間伐するなど整備を進め、里山の資源として蘇らせる計画なのだという。新津の丘でも、木質ペレットの利用を進めようという動きが始まっている。

本来薪ストーブには向かないとされている松の木も、やり方さえ工夫すれば薪として利用できる、と紫雲寺の里山グループのメンバーは言う。30年ほど前、佐渡の祖母の家は、裏山の杉の木を切り出してきてかまどで燃やして、風呂を沸かしていた。ほんの数十年で、さまざまなノウハウが失われている。

蛇口をひねれば、お湯が出る。コンビニに行けば、食べ物がいつでも買える。たしかにそう。便利なんだけど、そのことが僕らの生活そのものもスカスカにしているとしたら、ちょっと怖い。

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