忘れてはいけない歴史に学ぶ

歴史を学ぶ意義は、先人の行いに学び今の課題を適切に判断し行動すること、または同じ過ちを繰り返さないこと。だからこの本は、中学や高校の歴史の教材にすべきだと思う。

1年近く積ん読だった『永遠の0』。読み始めたら止まらない。もう一気読みという感じで、さすがは年間ベストセラー。まだ途中で、いよいよクライマックスが近づいているところなんだけど、書かずにはいられない。

最近この本の著者は極右的とも言える発言で、妙に注目を集めている。これらの発言と、戦時中の特攻隊で亡くなった「祖父」の生きざま死にざまを追いかけるこの本の内容とに、最初はどうにもギャップを感じずにはいられなかった。どちらがこの作者の本性なのか。

でも読み進めていくうちに気づいた。作者が伝えたいのは「忘れてはいけない」ということなんじゃないかと。ほんの70年ほど前にアメリカと壮絶な戦闘を繰り広げたこと、多くの若者が使い捨てのように命を落としたこと、そして終戦と同時に「鬼畜米英」から民主主義へと手のひらを返していったこと…。

僕らは今、当たり前のように平和の真っ只中で暮らしている。でもほんの2世代前、 国のために命を捧げるのが当然と言われた時代があった。忘れてはいけない。見ないふりをしてはいけない。だから作者は戦争の現実を証言という形で丹念に記し、一方できれいごとだけでない歴史認識について発言を繰り返す。

僕の祖父もインドネシアのスマトラ島で戦死している。父は自分の父親の顔を見たことがないという。祖母は十年以上前に亡くなったけど、生きている間に戦争の話はしたことはない。聞いてみたらよかったかな、と思うけど、やっぱり聞けなかった。だからこそ、この本の証言は貴重だ。

マレーシアのクアラルンプール国際空港に向かう時に、上空からスマトラ島が見えた。一緒にいた家族は知らないだろうけど、僕にとってはスマトラ島という響きは特別なものがある。僕もいつか祖父の生きざまを調べてみるのかもしれない、この本の佐伯姉弟のように。

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忘れてはいけない歴史に学ぶ」への1件のフィードバック

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